一生ヒットゥイヒットゥイする為に


「ナミイと唄えば」(画像をクリック)
 東京 ポレポレ東中野で公開中
 その後全国順次公開予定

「ナミイ! 八重山のおばあの歌物語」 
 姜信子・著 岩波書店・刊



去年の3月に出張で沖縄を訪れて以来、3ヶ月にいっぺんは沖縄に行っている。
それまで南の島にはまったく縁もなかったし、ぼんやりと「私は生涯沖縄に行くことはないんだろう」などと思っていた。そう思う根拠は一体なんだったのか、今となっては思い出せもしない。いやあ、人生ってのはどうなるのかわからんもんだね!
沖縄で知り合った人々は今や大事な友人だ。先日も沖縄で知り合った友人と会っていて、その友人と会うたびに話すんだが、ずっと昔から知っていたような、出会うべくして出会ったような、そんな運命的なものを感じるのである。その友人とは、大阪で、横浜で、そして東京で会っているんだけど、こんなに土地を転々としながらも会うなんて何かの引き合わせのようにしか思えない。


先日見た「ナミイと唄えば」という映画がある。
石垣島生まれの85歳の新城浪さん、通称ナミィおばあのドキュメンタリーだ。
ナミイおばあは9歳の時にたったの250円で那覇の料亭に売られ、芸者として三線を厳しく教え込まれた。
時代は戦前、昭和の恐慌時代。沖縄本島で芸者として働いていたナミイはおじさんの手によって買い戻され、石垣島に戻るものの、すぐに父の出稼ぎ先であるサイパンに渡る。(当時サイパンは日本領で、大規模なさとうきび畑で働くために沖縄から出稼ぎ労働者が大勢きていた)サイパンから再び石垣島に戻るが、戦争が悪化してくると台湾に渡り(当時の台湾も日本領。八重山の島々よりも台湾のほうがれっきとした日本だったのだ!)そこで終戦を迎え、再び石垣島へ。引き上げてきた家族を食べさせる為に、金遣いの荒いダンナと子供を育てる為に、三線一本を片手に与那国島石垣島沖縄本島の料亭で働き続けた。文字通り激動の人生である。
日本という国の、20世紀の様々な姿に流され、流れて島々を転々とした八重山のおばあ。琉球人は戦争中、「二等国民」と呼ばれ、いろいろな苦労を強いられた。(島だけを転々としてきた、という点が象徴的である)ナミイもまた、嫌な目に遭ったこともあることだろう。
しかしこの映画には過去の苦労を語るナミィの姿はない。いや、語ってはいるんだが、ほとんどは今のナミイおばあが三線弾いて高らかに唄って、そして楽しそうに踊る姿ばかり。
小さな体で唄ったり踊ったりするナミイおばあは、大層かわいい。シワシワの顔に咲く笑顔もかわいくてたまらない。
そして過去よりも遥かに多く口にするのは
「ヒャクハタチまで生きたい」
「200歳まで生きたい」
という未来への希望なのである。まだまだ死にたくない、とは言うけれど、「生きたい!」というニュアンスのほうが遥かに強い。
それも、「いろんなものを失いたくない」という意味での生きたい、ではなく、今のように毎日うんと遊んで(石垣の言葉で「ヒットゥイヒットゥイ」というらしい)、孫が大きくなる姿まで見たいという好奇心の強さからくる「もっと生きたい!」なのが清清しい。
生きることに貪欲なのである。


ナミイおばあは有名な民謡歌手でもなんでもないので、東京や台湾に行って唄ったりもするが、大抵の唄う場所は石垣島の海岸だったり、民謡酒場だったり、スナックだったり、家だったり、デイサービスセンターだったりで、すなわち普通の生活の場所である。おばあにとっては唄うことは普通の生活なのだ。
しかし「おばあの普通の生活」と侮ることなかれ。
いつでもどこでも三線弾いて、唄って踊る姿は一緒に居る人を喜ばせ、そしてナミイおばあ自身も楽しくてたまらない姿は、どんな人よりも、どんな有名人よりも輝いている。まぶしいくらいだ。
途中、何度も浪曲玉川美穂子さんが
「唄うことは生きること。生きることは唄うこと。唄は命!」
と口上を述べるのだけど、ナミイおばあにとっては本当にそうなのだ。おばあの人生は、唄とともにあった。そして、今も唄とともにある。そしてこの先、ヒャクハタチまでも唄とともにあるのだろう。
唄うことは希望であり、生きていくことに他ならないのである。
生きることは唄うことだから、唄う事にもいつまでも貪欲なのだ。


唄って踊って目一杯遊んだ後のおばあの言葉が印象深い。


「バカみたいだけどよ、こんなにかして生きてかれるんだよ。こんなにかしないと生きられない。
 知らない人はこれはバカなおばあだなと思うかもしれないけど、
 生きるためには、バカにもパーにもならないと生きられない」


もうね、これ、聴いた途端に涙ダラダラでしたよ。
本の「ナミイ!」のほうにも載っているのですが、それを読んだ際にも泣けてしまった程。


過去のこの日記でも何度も書いているけれど、この、「生きること」に相当する何かを持っている人に私は強烈な羨望を抱くのである。
何があっても失いたくない何か。これだけは譲れないという何か。
ナミイおばあにとってはそれは唄だ。前回取り上げた「送還日記」の非転向長期囚の先生たちにとっては思想であった。サン・ラーにとっては宇宙と音楽だったことだろう。
それがある故に生きていかれるんである。それ故に困難を選ぶことにもなっただろうし、それナシだったらもっとスマートな、簡単な生き方があったかもしれない。でも、それを持って生きていくんだよなーバカとかパーとか思われても、どうしても手放せないんだよなー。
自分はそれを持っているのか。
自分ではまだ分からない。
わからなくて当然だ。悔しいけれど、私はまだ若造だからな。おばあや先生たちの年端にもいかないんだから。
私は昔から自分が無知なのが恥ずかしかった。何も知らない/何も経験していないのが悔しかった。いろんなことを知って、いろんなことを経験したいのだよ。今も何かを持っているとハッキリ言えないのが歯がゆくてたまらないんだよ。「若さを売りにしている」なんて言われた時は心底腹が立ったものである。遅く生まれて悪かったな。好きで若いんじゃないやい。こっちもそれがイヤでたまんねえんだ。
ああ、早く歳を取りたい。いろんなことを知りたい。
早くおばあのところまで追いつきたいな。
そのために、今は、自分のできることをやるまでである。
行けるところに沢山行くまでである。
行って、行って、辿り着いたそこで、いろんな人と出会っていくことだ。
今はまだわからないけれど、私がいろんな縁やいろんな経緯で沖縄に辿り着いて、冒頭に述べたような友人と出会ったのも、そういうことなんだろう。
冒頭で「沖縄はこの先縁がないんだろうと思っていた」と言ったが、そんなに縁がないわけでもなかった。私の人生の先輩である某女史は、まさにほかでもない沖縄の出身(しかも石垣島)だったのでした。それもまた縁の一端だったんだろう、と今は思う。
そういう偶然のような、必然のような縁のことを考えると
ナミイおばあが、作家の姜信子さんに対して言う


「こうして出会えたのは偶然ではないよ
ウティングトゥ カミングトゥ(天の引き合わせ、神の引き合わせ)」


という言葉に強く同意できるのです。それは沖縄に限ったことではない。
私があらゆる場所で出会ったすべてがそうだ。
そして、誰にでも起こるすべてのことがきっとそうなのだ。
私もウティングトゥとカミングトゥに導かれていろんな人と出会い、いろんな音楽に出会い、いろんな本に出会い、いろんな映画に出会っていると信じているよ、その縁でこの映画に出会えたと信じているよ、おばあ。




次に沖縄行く時は石垣島に行こうかな
ナミイおばあと一緒にうんと遊びたいな

38度線なんかいらない

送還日記」(画像をクリック)
東京 シネ・アミューズ 3/24まで公開中
   シネ・ラ・セット 3/25より公開
大阪 第七藝術劇場   4/22より公開

その後全国順次公開予定



ああ、変則更新予告破ってしまって申し訳ない。(しかもコレ、火曜日更新分ス。明日祝日だから)
今回は韓国ドキュメンタリーの第一人者、キム・ドンウォン監督の「送還日記」です。
個人的には「スティービー」並みに見ていただきたい1本。


ご存知の通り、日本のすぐ隣の朝鮮半島北緯38度線を境に2つの国家があるわけです。
国家が2つに分かれた理由は朝鮮戦争の結果、と思われがちだが実は違う。太平洋戦争終了後、世界は共産主義と資本主義の対立に向かい、朝鮮半島には北に共産主義の国家、南に資本主義の国家が樹立された。樹立した後に北朝鮮側は国家を統一する為に南側に攻め入った。南側からすればそれは侵略戦争であった。
戦争は53年に停戦となったが、終わったわけではない。
事実、国際法ではこの戦争は未だに「戦争中」となっている。
大規模な戦闘が終わった後も、北から南へ工作員は送られ続けた。
工作員として入国した彼らは、捕らえられ、刑務所に入れられ、
人間が想像できるあらゆる限りの拷問を受け、思想を転向することを強いられた。
思想を転向しなかった者は、「非転向(韓国側からいうと未転向)囚」として、一畳程度のみすぼらしいコンクリートの独房に入れられ、思想を転向するまで際限なく拷問を受け続け、やがて彼らは「非転向長期囚」と呼ばれるようになる。


30年近く、いや、それ以上服役した彼らはやがて釈放されるが、南で解放されても行く場所もなく、身を寄せる場所もない。
そのうえ彼らは拷問で体は弱っており、拷問に費やされた長年の歳月によって高齢化をしていた。
この映画は、そんな年老いた非転向長期囚の面倒を見てくれないか、と神父より言われた監督(キム・ドンウォン)と2人の非転向長期囚の出会いから始まる。1992年のことだ。


身寄りのない2人の老人は監督の住む奉天洞(ポンチョンドン:ソウル内の低所得層の町)に住み、近所の人々の祭りに参加したり、集会に参加したり、監督の子供をかわいがってくれたりして次第に打ち解けていく。
監督には長い間、北のスパイに対する偏見があった。
テレビでは繰り返し北のスパイが悪さをし、それを韓国の警察が成敗すると言うドラマが流され、父親はいかに北が悪い国なのか滔滔と説明をするというのが当たり前の光景だったそうだ。
しかし、目の前の老人たち、とりわけチョ先生という老人は、体は弱いが情け深く、監督の息子を孫のようにかわいがってくれる非転向長期囚と交流を深めるにつれて、頭に角を生やした鬼だと思っていた北のスパイが自分らとかわらない人間だと思えてくるようになる。


でも、ハイキング(韓国の人たちはハイキング好きらしい。この映画にも「集会」や「交流会」と称して支援者が非転向長期囚とともにハイキングに行っている場面が何度も出てくる。みんな歌って踊って陽気だ)で、「私はソウル市民にはなれない」と語ったり、聞いたこともないような歌、つまり金日成を称える歌を唄い、踊る姿を見ると監督は違和感をおぼえるが、
この違和感と親しみを感じつつある心の葛藤が、監督にカメラを回し続けさせる。
この2人の老人だけでなく、同じように針で刺されたり、水責めにあったり、何百回も殴られ続けても、思想を曲げずに、釈放されても、北に帰ることを祈り続けた「北のスパイ」と呼ばれた多くの老人たち=非転向長期囚と会い、話を聞き、交流を深めていくというのがこの映画のあらましだ。
北のスパイたちは誰もが高齢であり、死の場面に立ち会うことも少なくはなかった。しかし彼らは死ぬその瞬間まで、「祖国の統一」を夢見、「思想に捧げた我が人生」を悔やまない。
また、長い拷問に耐えかねて転向してしまった長期囚とも出会うが、彼らの表情はどれも申し訳なさと力に屈してしまった悔しさに満ちていた。


「拷問して強制的に思想を変える。本当にそれが転向と言えるかい?情けないことだよ」


度重なる暴力の前に気絶し、意識のない状態で転向書にサインを書かされて釈放されたキム・ヨンシク先生の言葉は本当に重い。
監督も言及しているが、これは今のアメリカがイラクに、イランに、そして北朝鮮に行っている行為と重なる。経済封鎖をし、軍事圧力をかけ、時には実際に武装攻略をしかける。降伏すればそれで征服されたことになるのか。そこはアメリカになるのか。
そんなことはない。そして、そうはしたくない、そうはしない、というのが北朝鮮が今も戦争を続ける動機であり(あの一糸の乱れもないパレードは戦争中の証だ)、非転向、転向を問わず、長期にわたって刑務所で耐え続けていた囚人である彼らの信念と重なる。
何があっても曲げられない信念がある、というだけで彼らは崇高だ。
その信念のために、不自由で困難な人生を歩むことになったわけではあるが(特に家族に迷惑をかけることが多かったようだ。老いた母と再会した際に長期囚たちは大変胸を痛めていた)、共産主義が必ずしも正しいものでは決してないが、私にはそのような強固な信念はあるだろうか?何物にも変えられない、決して奪われたくないものがあるだろうか?先生たちを見ているとそのような自問が突きつけられる。おそらく私にはそのような強固なものはない。今まではなくてもいいと思ってきた。
でも本当は違う。それがないことにより不安定になったり、今までだって、強い信念を持つ人間に出会うたびに強烈な羨望を感じてきた。正確に言うと「強い信念を持つ」ではなく、「迷いがない」人間にだ。
度重なる老人との接触、交流の中で監督は障害にぶつかりながらも、この映画を撮り続け、こうして作品として世に出した。
家族を持ち、その生活を保つ為にこの映画を撮ることは果たして正しいことなのだろうか?と葛藤しながらも。
私事で大変申し訳ないが、もうずっと考えている段階に進むことに、私は長いこと躊躇していて、大体のことは決まっているのに日々の生活を考えるとなかなか足を踏み出せないでいる。そして、そんな自分が情けなく思う。
生きていることに意味がないだとかそんなことを言い訳にしている自分がいるのも事実だ。
生きていることに意味はない。たぶんそれは、死ぬその瞬間にしかわからないだろう。
あるいは自分にはずっとわからないのかもしれない。
でも、彼らのように信念は持つべきだ。持ちたい。持たなければならない。流されて、前に進まず、なんとなく生きるなんてのはそんなのは「生きている」ではない。
単に生かされているだけである。生まれたついでなだけである。
映画の中でも志半ばで命が尽きてしまった同志の墓を訪ねた長期囚は泣きながら
「死んでしまったら終わりなんだよ!生き残らなければ意味がないんだ!」
とやり場のない怒りをぶつける。何があっても、これが正しかったのか正しくなかったのかわからなくても、そういうことである。


映画は、90年代の初めから10年に渡り撮られたものだが、その10年間に隣国は劇的な変化を遂げる。
この10年間で隣国に起こった劇的な出来事は、サッカーW杯の四強進出と南北首脳会談の実現なのだそうだが、監督は「どちらがいいかといえば、迷わずこちらを選ぶ」と、両国の首脳が握手をする画面を選ぶ。
サッカーで代表チームを応援しないだけで「非国民」だのというようなこの国(ウチな。私は言われたことがある)には、耳が痛い。
そしてこの劇的な変化の結果、非転向長期囚たちは無条件で北に送還されることとなるのだが、
嬉しい反面複雑な思いを抱えることになる。
彼らは信念に生きた。思想にすべてを捧げてきた。
いつか帰ることを夢見続けた。そして希望は実現することになった。
しかし、過去に生きているのではない。生きているのは、まぎれもない「今」なのである。
私が一番心を打たれたのは、北に戻らずに結婚して南にとどまることに決めたアン・ハクソプ先生の姿であります。
留まる事が必ずしも信念を曲げることではないし、結婚をするという選択自体が新たなる信念/守るべきものを得たということなのだが、それでも同志たちが送還のために乗ったバスの前に飛び出し、警官に引っ込められる場面は強烈に焼きついた。
二度と会えないかもしれない、という気持ちが彼の表情ににじみ出ていた。
それは残ることに決めた長期囚だけではない。帰ることに決めた長期囚にも同じことである。
それでも各々が日々の生活を、自分の力でできることを、自分のやるべきことを、まぎれもない自分で選んだ「今」をこなしていく/生きていく彼らの姿は、実に堂々としていた。



ああ、この別れのシーンほど「国境なんてなければいいのに」と思ったことはないだろうよ。
当事者たちも、この映画を見ている人間たちも。
隣国は、国は2つあるがどちらの人間にも
「祖国を統一したい」
という共通の思いがあるというのに。



個人の交流は、国の対立で妨げられるもんなんかじゃない。
国を形成するのは人であり、人なくして国などは存在し得ない。国同士を近づけたり融合するのは言うまでもなくその人々の、太く束ねられた思いである。願いである。
そして、個人および個人レベルの交流は決して疎んじられるものではない。
南北朝鮮の問題は、もはや本人たちだけの問題ではない。
アメリカという国が関わりすぎている。(それはうちの国とて同じことだ)
しかし、個人を金と対価とみなし、金の有無に応じた階層をたくさん引いて、最下層にいる人間の人格を無視し、外と交流させることすら拒否させてしまっている国にこの隣国の願いを左右する権利があるのか。あるわけがない。
すでに世界中がアメリカなのかもしれないが、もしかしたら、統一された隣国もこの国になってしまうのかもしれないが、彼らの信念、そして彼らの心の絆だけは踏みにじられたくない、と強く思った。
チョ先生を同じ人間として、愛すべき隣人として交流していたポンチョンドンのおばさんが
金正日主席、どうか、お願いですからチョさんと手紙を交換することを許して下さい。チョさんは体が弱いので最高の治療を受けさせてください。私たちがまた会えるようにしてください」
とカメラに向かって告げるシーンにも胸が詰まる。
金正日だけでなく、アメリカの首脳にも聞かせてやりたいよこれ。
早く国境なくしてくれよ。じいさんたちに残された時間は短いのだから。



そういえば、今年の初めに大阪朝鮮学校のサッカーの試合を見に行ってきたけど、聞いたことのないような曲を大々的に演奏してて、偉く感心したもんだ。祭りのような試合だった。試合会場でもそうだったけど、競技場までのバス内に乗ってきた人たちが次々交わす挨拶と握手を何度も何度も見たが、こんなに絆や繋がりを大事にする民族が2つに分かれているなんて、とても信じがたいことですよ。団結力だって動員力だってすさまじかったし。在日の方々でもこんなんだから、祖国ではもっともっと絆は熱いものだろう。
合言葉は「アイゴアイゴ」。
日本で今、これに相当する意味で交わされる言葉はないんじゃないのか。

サン・ラーたずねて宇宙三千里

サン・ラー ジョイフル・ノイズ(画像をクリック)

東京 アップリンクファクトリーにて毎週月火レイトショー公開中
DVD 3/24発売



あー私はサン・ラーになりてぇ!


のっけからそんなことを言われても何がなんだかさっぱりわからない方もいると思われるので、今回のお題「サン・ラー ジョイフルノイズ」という映画の感想を述べる前に、まずはサン・ラーを説明しなければ。


サン・ラーは1914年生まれの黒人ジャズピアノ/オルガンプレイヤーであります。
ジャズ好きならば誰もが知っているような偉人。セロニアス・モンクとも並ぶ有名人だ。
40年代からキャリアをスタートさせ、彼の率いるオーケストラとともにさまざまなスタイルを混合させたライブで観客を熱狂させてきた。残念なことに93年にこの地球上から去っています。


専門的な用語(大した専門用語ではないが)でいうとスウィングとバップにアヴァンギャルドな要素を加えた、常識を覆すような実験的作品を演奏し、50年代後半の整然としてデリケートな作品群は、60年代になると突然無秩序となり、がなりたてるようなオルガンとシンセサイザー、西アフリカのリズム、室内楽の方法論、フリーキーなソロ・プレイ、ビッグ・バンドのダイナミック性、スウィングするメロディ、そしてこの世のものとは思えないジューン・タイソンの歌声など、本質的に異なる音楽要素を全て取り込むことで、それは急速的にエスカレートしていった。ときには、バンドのメンバー達がマイクを取り、アフリカ回帰や宇宙についての説教を行うこともある。
以上listen.jpよりの引用。


しかし。上記のようなことはほとんどどうでもよい。何がなんだかわかんねえ、でいい。


サン・ラーの外見を見ていただきたい。

もう、ホントにこの外見だけで十分だ。
自らを土星から来た使者と名乗り、宇宙と古代エジプトについて熱く語り、上記のような格好のほかに好んで古代エジプトの格好をする(主にヘンなズラ)とにかく派手な黒人おじさんなのだ。
「音楽は宇宙の共通語」と語るサン・ラー(ちなみに「ラー」というのは太陽神という意味)は、つまり、音楽を通して宇宙思想を啓蒙していたということである。
いやーサン・ラーが天才オルガンプレイヤーで本当によかった。
一歩間違えればカルト宗教家、あるいは単なる「ムー」読者だもんな。あ、吉村作治てのもあるか。


本編はそんなサン・ラーが地球上で熱心に啓蒙活動を繰り広げていた頃のドキュメンタリーである。
ドキュメンタリーというよりもサン・ラー発言集。サン・ラーをアイドルとするならば、イメージビデオと言ったほうがいいかもな。
しかし、小難しいジャズ専門用語を得意げに並べるようなジャズファンだけが見て語る映画にしてしまうのは勿体無いような代物なんである。


冒頭からどっか(おそらくフィラデルフィア)の屋上にキンキンピカピカの格好をしたミュージシャンたちが集い、宇宙とサン・ラーを称えた歌と演奏を繰り広げる。そこに悠然と現われるサン・ラー。無論キンキンピカピカである。腹出てるけど。
混沌と狂乱のような怒涛の演奏の場に現われるサン・ラーは、演奏者の彼ら(サン・ラー・アーケストラの面々)の神さながらだ。ひとすじの希望のようだ。
そしてこの屋上のシーンでもそうだが、どっかの古代エジプト博物館でサン・ラーは
「宇宙は果てしない。地球はダメだ。この星には思想がない」
「私が今語っていることは古代思想家が語ってきたことと同じだ。私の言っている事は正しい」
「私は歴史(ヒステリー)の一部ではない。私は謎(ミステリー)の一部なんだ」
「地球にはホワイトハウスはあるが、ブラックハウスはない。対立するものがないこの国の秩序は間違っている」
「私はスピリチュアルな存在である。私は触媒だ」
などというようなことをゆらゆらと語っていくのである。


発言だけを追っていくとただの電波おじさんだ。
しかし、電波ではないのかもしれない、と思ってしまうような圧倒的な存在感。何が根拠なのかさっぱりわからないが、サン・ラーにみなぎる自信を目の前にしてしまうと、そうなのかもしれない、と思ってしまうから不思議だ。いや、洗脳されてるわけではないけれど。サン・ラーの人間的魅力が圧倒的なのだ。他には決してない唯一無二なのだ。


事実、彼の率いるアーケストラの人たちは彼に魅了され、彼の思想に心酔し、彼とともに暮らしていたりする。
中には宇宙思想を啓蒙する為に食料品店を始めてしまう人もいるし。(ダニー・トンプソンという人。かっこいいんだこれが)
「今の子供たちは正しい方向に導いてくれる大人がいないから、宇宙思想を教えたいんだ」
なんつって黒人の子供相手に賑やかに商売をしていたけれど、子供たちには
「ちょっと宇宙にかぶれてるけどいい奴さ」
と言われる始末。
でも、それでいいんだと思う。ほほえましい。
確かにサン・ラーとともに暮らす面々は、宇宙にかぶれている。でも、それ以上に音楽にかぶれ、そしてサン・ラーにかぶれているのである。サン・ラーのことが心底好きなのだ。彼に傍で彼の見るもの聴くもの、彼の考えることを共有したいのだ。
そして彼の向かうところに一緒について行きたいんだ、というのがスクリーンからひしひしと伝わってくる。


だって、サン・ラーは人だとか国だとか人種だとか民族だとか、そして地球だとか、そんなちっぽけな単位で物事を見ていないから。
「我々は星から星に移動する」
この言葉は本当に本当に素晴らしいなあ。
口にするだけで頼もしい気分になれる。


このフィルムが作られたのは70年代末である。
ちっぽけな単位で物事を見ていないサン・ラーではあるが、要所要所に黒人としてのアイデンティティを覗かせる言葉が登場する。
「KKKは『黒人が西洋文明に貢献した割合は、馬と一緒だ』と言った」と彼は語る。
でも、それと同時に
「人間なんてのはちっぽけなものさ。心に正直になれば、誰もが無力で弱い存在だと気づくんだ」
「でもそれは死ぬ時にしかわからないんだ」
ということを言うのである。
サン・ラーを慕い、サン・ラーはいい奴さ、と語る黒人たちの精神的支柱だろうよそりゃ。スピリチュアルな存在であろうよ。
彼は、人間は無力な存在であろうとも、それでも生きることを賞賛するのだから。この星を目一杯生きたら、一緒に次の星に行こうと導いてくれるんだから。
そのようなことを言葉でも彼は語るが、何よりも音楽で語るである。
音楽は溢れ出るものであり、衝動であり、エネルギーであり、生きることだ。
そして、音楽は希望なのだ。
言葉にしてしまうと陳腐だが、スクリーンを通して、スピーカーを通してサン・ラーが発信する音楽を是非受け止めていただきたい。
そしてこの星を十分生きたら、サン・ラーが行った星に移動しよう。


実は、私は3年ほど前にフジロックでサン・ラー・アーケストラを見る機会に恵まれておりまして、
といってもその当時はサン・ラーのことは全然知らなかったのでした。
トイレ待ちの行列から見ていたら、キンキンピカピカの衣装を着たおじいさんたちがサックスやらトランペットやらを吹きながらステージ前に飛び出してでんぐり返しなどをしながらエネルギッシュに演奏する姿を見て、こうしちゃおられんとトイレの行列から飛び出したほどだ。おしっこを我慢してまでも見なきゃならないと思ったのだ。
サン・ラーはすでに地球を去った後だったのでいなかったが、それでもアーケストラの演奏はすごかった。十分触発された。
サン・ラーはいなかったけど、いたのだ。
やはりサン・ラーはスピリチュアルな存在なのである。



あ、じゃあ、サン・ラーにはなれねえな。
では、サン・ラーの移動する星から星を追いかけて旅して、つらつらと文章を書く「宇宙版紀貫之」になろうかな。


※すんません。今週も変則更新予定です。次は金曜日になります。

世界はこんなにも狭くて、こんなにも無限だ

ティーヴィー(画像をクリック)

東京 ポレポレ東中野にて公開中
(その後全国順次公開予定)



さて、今回は「スティーヴィー」という映画です。
「股・戯れ言」のほうで予告していた内容とは違う内容で変則的更新ス。すんません。
予告の意味全然ねえなこりゃ。


山形国際ドキュメンタリー映画祭という普段あまり馴染みのない映画祭の最優秀賞を受賞したこの作品は、その映画祭の名前の通りドキュメンタリー。
アメリカには「ビッグ・ブラザー制度」というものがあるそうで、虐待、不登校、貧困、犯罪に走るなどのリスクを抱えた児童(リトル・ブラザー)の「兄弟のような友人」になるというボランティア活動のことらしい。らしい、ってのは私もこの映画を見て初めてその制度を知ったからなんだが。
本作の監督、スティーブ・ジェームスは1980年代の始めにスティーヴィーという少年の「ビッグブラザー」になった。
ティーヴィーは近眼で金髪の、イリノイ州の片田舎の町で暮らす少年。
そして彼は虐待を受け、母に育児放棄をされた少年だった。

そんな風に書くとまるで誰からも見捨てられたように見受けられるが、実際には見捨てられているわけではない。血は繋がらないものの祖母に育てられているし、妹もいる。そして母も義理の父も傍で暮らしているのだ。

しかしスティーヴィーの手のつけられない具合はハンパなかったようで(このあたりは映画では触れられていない)、
ビッグブラザー制度を終えた監督は「解放されてホッとした」とも言っている。
しかし監督は、途中で見放してしまったことにずっと罪悪感を抱いていて、その罪悪感から1995年、20代も半ばになったスティーヴィーに会いに行くところから映画は始まる。


10年の歳月を経て再会したスティーヴィーは金髪のかわいらしい少年から、ハゲで長髪、腹の脂肪もタップリ、体毛もモジャモジャ、入れ墨アリ、そしてハーレーダビッドソンの帽子を絶対に脱がない大人に変化していた。無論清潔感ゼロ。
変わっていないのは近眼のためにかけていた分厚いメガネのみ。
この外見の変化にとまどっていてはいけない。
生活も同じだ。
この10年間の間にスティーヴィーは虐待を受け続け、施設に入れられ、入れられた施設の中でレイプをされ、
そして20歳の時、子連れの女性と結婚をし、その女性に暴力をふるって、離婚していた。
窃盗や空き巣、カード詐欺などの犯罪を何度も繰り返し、何度も逮捕をされているという具合。
酒に溺れて、マリファナも吸っている。
そして「黒人なんて人間じゃねえ」と切り捨てる人種差別主義者でもある。
口を開けば出る言葉は「俺を虐待した母親をぶっ殺してやりてえ」だ。

彼をとりまく環境にも閉口させられる。
住まいはトレイラーハウスで、
妹も母親も、祖母も、母の妹(つまり叔母)も、すべてが体重100キロ以上のデブで
マクドナルドのコーラはLサイズが当たり前)、
友人はヒゲに筋肉隆々、入れ墨バリバリ、そして仕事がない荒くれ者で、
当然スティーヴィーも働いていない。
婚約者はいるが、彼女は障害者である。(彼女もまた、トレイラーハウス住まいである)


ティーヴィーは典型的なプアーホワイト/ホワイトトラッシュなのだ。


ティーヴィーたちの暮らす南イリノイ州の田舎町は、緑がどこまで続くんだろうというくらい広大な町だ。
家は転々としか立っていないし、住人も皆白人。そして、皆顔見知りである。
彼らの世界はこの町だけで、この町から出ることなんて考えたこともない。
この広い広い田舎町だけが地球のどこからも独立しているかのようだ。
そういえば以前、「ケン・パーク」という映画を見た際に登場人物の一人が「他の町に行くなんて考えたこともない」ということを口走っていたのだけど、ここで暮らす人々もおそらく同じだ。ここの外に世界があることなんか全然知らないし、あったとしても関係がないと思っている。
そして、実際に関係がない。
観光地でもなんでもないこの町に他所からやってくる人はいない。
田舎の緑だけでなく、社会階層の奥深くに埋もれたこの町の存在を知っているのは、ここに住んでいる人たちだけのような感覚にすら陥る。
この町で起こることはこの町だけにしか知られないし、何が起こっても人々はこの町を離れない。
だって、彼らにとっての世界はこの町だけだから。


監督はこの町に足を踏み入れた。それだけで彼は、彼らの世界の一部になったのだ。


その後、2年間ほど時間を経て(他の映画制作のためにやむを得なかったようだ)、監督は再びこの町を訪れることになる。
再会したスティーヴィーは、性犯罪者となっていた。
しかも被害者は彼のいとこ。8歳の少女だ。
ティーヴィーは彼を溺愛する祖母によって拘置所から出所し、「俺は無実だ」と監督に向かって言うが、身内も監督も皆、彼がやったことを確信している。フィアンセの女性までも。
彼の犯罪をめぐって、身内の人間から出る言葉はどれも衝撃的だ。
「私も兄に同じことをされたことがあるわ」と表情を変えずに吐露する妹。
叔母(姪の母)は姉(スティーヴィーの母)にどうしてくれるのよ!と詰め寄り、友人は「俺にだって今度娘が生まれるんだ。俺の娘に手を出したら許さねぇよ」と吐き捨てる。


性犯罪は決して許されるものではない。ましてや、それが子供に対するものならばなおさらだ。
いくらスティーヴィーが虐待にあっていたって、レイプをされた経験があったって、そんなものは連鎖してはならないのである。
監督は彼を非難することはないが、「カウンセリングを受けてみてはどうか」と薦める。
そんな監督のアドヴァイスをスティーヴィーは「いやだ」と拒否する。
しかし監督は、拒否されても、スティーヴィーの傍を離れないのである。彼が間違った判断を下しても、釣りをしていても、友人らに攻められようとも。いつまでも、いつまでも。


最初に書いた環境や、スティーヴィーの起こした犯罪や彼の態度だけを読むと、本当に救いようのないどうしようもねえ世界、どうしようもねえ奴と簡単に烙印を押してしまうかもしれない。
「ホワイトトラッシュだからしょうがない」の一言で片付けられてしまうかもしれない。
ましてやこの日本においては、「アメリカは大変だ、うちは関係ないけど」なんて切り捨ててしまうこともあるだろう。


もう何度も何度も書いているけれど、
関係ないことじゃねえよ


日本にもスティーヴィーと同じような状況の階層がある。
私はスティーヴィーと同じような閉塞的な世界に住んでいる人たちを知っている。
それもとても身近なところに、だ。
私が単に治安の悪いところに身を置いているからではない。
私はそこに身を置くある人物とずっと離れることがない。だから私はずっと、そういう環境や、その人の周りで起こる出来事、そしてその人自身に降りかかった災難を他人事だとか関係ないだとか思えなかった。そこから抜け出して欲しくて、その人と会うのはやめなかった。「あいつはダメだ」なんて烙印を押す連中には本当にうんざりした。
私がその人にしてあげたことは、今思えば何もない。多少のアドバイスは言ったけれど、結局は話を聞いただけだ。
でもその人は抜け出した。その人は自分の力で今に至ったのだ。
その人の世界は、今も昔も、おそらくこの先もその人の住む町しかない。
信じられないかもしれないが、東京に程近い町に住んでいるにも関わらず、その人は「東京に出る」という言い方をするのだ。
私はその人に会いに、その人の町に行く。その町を訪れるのをやめることは、考えられない。たぶん死ぬまで付き合っていくことだろう。


だから、いくらスティーヴィーが拒否しようとこの監督がスティーヴィーの傍に居続けた気持ちは、とてもよくわかるのである。
他の人を変えることなんでできないのだ。
自分を変えられるのは自分しかいない。
他の人の前では自分なんて無力なんである。
自分にできることは、その彼あるいは彼女を拒否せずに見守ることだけだ。変わるのをずっと待っていてあげることだけだ。
監督は実に10年間、スティーヴィーを撮り続けた。
ティーヴィーは頑固にすべてを拒否することもあったが、自分の力で自分を変えようという方向に動き出す。彼の世界の全てであるイリノイ州の田舎町からも出る。憎み続けた母とも和解をするし、彼の人生は少しづついい方向に向かうと思われた。
しかしフィクションではない生身の人間であるスティーヴィーは、皆が「善い」とする方向には簡単には向かっていかない。
でも、何があっても、自分の意にそぐわなくても、見守るしかないのだ。受け入れるとはそういうことである。
関係ないよ、と切り捨てるなんてもってのほかだ。


関係ない、どうだっていい、というのは他人と向き合えない、そして自分とも向き合えない弱い人間の吐く言葉だと真剣に思う。
ティーヴィーはどうだっていいだろ、関係ないだろ、という態度を取り続けるから、なおさらだ。


でもスティーヴィーの周りには、幸運なことに弱い人間はあまりいないのだ。
いるとしても、それは母親のみ。
妹はスティーヴィーほど酷い虐待は受けていないにしろ、同じ環境でずっと育ち、兄に性的いたずらをされた経験もありながら
結婚してスティーヴィーの面倒すらも見ている。本人も子宮内膜症という病を持ちながら(これは本当に辛い病だ)子供を持つという希望を捨てていない。
叔母は、姉であるスティーヴィーの母の「親に口出しをしたら叩くのは当たり前。私はそうされてきた」という言葉に対し、
「私はそんなことは自分はしないって決めたの。こんな思いをするのは私だけで終わりにしたわ」ときっぱりと言う。
また、自分の娘を酷い目に合わせた甥に対して、本当は憎んでもいい立場にありながら
「スティーヴィーのことは憎いんじゃない。憐れんでいるわ。これを機会に立ち直って欲しい」
と願うのである。
そして誰よりも強いなあ、と思ったのはスティーヴィーの婚約者の親友であるパトリシア(重度の障害者)
「黒人がうじゃうじゃいやがる。あいつらは人間じゃねえよ」ということを無責任に言うスティーヴィーに対して
「(シカゴで)もし倒れて、隣に黒人しかいなかったらどうするの?そんなことは言うべきではないわ」とはっきり言うし、
婚約者と結婚して子供が生まれても親に見せない、といえばそれは違うわ、と意見する。
彼女が障害者となったきっかけは、義理の父によるレイプが関係しているらしく、「私は結婚はできないわ」「どうしてもあの時のことを思い出してしまう」と告白しながらも、スティーヴィーを決して拒否しない姿には本当に胸を打たれた。


彼女たちには世界がここしかないから、他に逃げるところがない。
でもだからといって絶望はしないし、自暴自棄にもならない。目の前のものを受け入れて、前進していく。
だってここで生きていくしかないから。
彼女たちは世界ととことん向き合っている。女に限らず男も強い。
そんな彼らがスティーヴィーを見捨てないことが、何よりも素晴らしい。
「赦す」とは、彼らや、この映画を撮り続けた監督が行っている行為なんじゃないかと思った。
彼らの世界であるこの町は、どこまでも閉じているようで、やはりどこまでも無限だ。
どの世界にも希望があるように、この町にも、この町が世界の全てである彼らにも希望があるのだ。それはもちろん、スティーヴィーにも。
「明日というのが一番近い希望」という言葉が眩しい。






ああ、書きたいことが多すぎて、でも書ききれなくて気がつけば長文になってしまったが、とにかく見て欲しい。
頼むから見てください。本当に心から願うよ。
そして、より多くの場所で上映されることも願う。
私がどんなに長く書いても、カメラに映し出された真実には叶わないから。
だいぶネタバレなことを書いたが、この映画にはネタバレなんて微塵も意味がないから。
ティーヴィーが元フェイス・ノー・モアのジム・マーティン、あるいは元ペイブメントのギャビーおやじに似ているとどんなに言っても、見てみないとしょうがないからなー。

ロサンゼルス・アドヴァイス

クラッシュ(画像をクリック)
全国にて公開中



最初に断っておくが、私は「嫌韓流」を支持する人たちが大嫌いだ。
うちの会社内でも嫌韓流に準ずるページのURLが回っていて、「韓国人の言っていることってウソばっかなんですよ!事実を知ってください!」と説明されて読むことを薦められたことがあった。暇に任せて目を通したものの、「ええ!韓国ってこんなに最悪なの!?」なんてことにはもちろんならない。「嫌韓流」もいちおう読んだが、「韓国は事実捏造している!赦せない!」なんてことにももちろんならない。
嫌韓流にしろ、先に述べた嫌韓流web版ページにしろ、それを支持している連中のほうがよっぽど気持ち悪いし、怖い。
イデオロギー不在の国民がとってつけたように日本人としての自覚なんて言い出すほうが異常に感じます。
それも相対的な形でしか確認できないというのがそもそもお粗末であるよ。
しかもその矛先が「韓流ブーム」ってなんだよなあ。笑わせたいのか。
簡単に「我々日本人は」なんて括るなよ。あんたらと一緒にされたかないわい。
私は人類皆平等なんて思ってないし、不公平こそ普遍的にあるものだと思っている。こないだも書いたばかりだが、差別なんてのはいくらでもあるし、救いようのない事態に遭遇したことも見かけたこともある。(ないように見えてあるんだよ。男ばかりの会社だからな。そしてそれは仕方がないんだなと受け止めている自分もいる)
だから、私も誰かを差別していると宣言するならば、こういう「オレ、嫌韓流!」ってネット上のみで声高に主張している奴らに他ならない。現実の接触で差別を知らないような人たちな。実際に公の場で叫んでいる奴はいいのか、などという低次元なことを言う奴はもっと嫌だ。


そんでまた、アマゾンに載ってるレビューが酷いんだ。「何も知らない、無知であることはよくない。無知であるから騙されるのだ」ってのはわかるけども、「だからネットで情報を知るようにしよう」だの「ネットがマスコミを凌駕した、ネットのほうが正しい」ってなんだよ。おめでてーなー。結局無知から逸脱する気がねえんだよなあ。一生騙されててくれ。
そんなのは、ネット上や机上だけでのやんややんやがずっと循環されていくだけの話だ。まあ、実際に彼らの大半は一生韓国人や在日韓国人と触れ合うことなく生きていくのだろうからそれでいいんだろうけど(仮に周りに朝鮮がルーツの人がいたとしても見て見ぬふりすんだろうな。集団だったら積極的に排除しようとするんだろうけど。しかも陰険気味に。あーやだやだ)。彼らが嫌悪する反日韓国人の大半が一生日本人と触れ合わないで生きていくのと同じように。
(大体、税金も年金も払っていないような奴が「日本が韓国に金を払っているなんて!韓国赦せない!」なんて騒いでいること自体ちゃんちゃらおかしいぜ。そういう奴に限って「××は在日」だのうるせーしな。彼らのほうがよっぽど納税してるっての。おまえらも働いて納税でもしろ。まずは自分の立ち位置わかれ)




さて、前置きが長くなったが、「クラッシュ」の話をば。
これを書いている今日(3/6)はちょうどアカデミー賞が発表されたわけですが、見事作品賞受賞をした作品。
テーマはズバリ「人種差別社会」。アカデミー賞をとりそうな、いかにもな題材ではあるな。
最初、人種差別をテーマにした映画だということを知らなかったので、「僕の恋、彼の秘密」を見に行った際にこの映画の予告編を見たときの印象は「えーサンドラ・ブロックが出てる映画なのか、なんだかなー」くらいの気持ちでした。
あとサンドラ・ブロックはオカマ顔ということを思い出したか。顔面デンジャラスビューティー
人種問題を扱っている話だと知ったのはその後のことだったのだけれど、予告編からはそんな映画であるという印象をまったく受けなかったので非常に驚いたのだった。といっても、予告編はあまり覚えていなかったんだが、スクリーンに映し出される色彩が黒あるいは薄いブルーで統一されていたことだけは印象に残っていたのです。
人種差別問題といえばキング牧師、マルコムXの昔から熱い問題であったわけで、中国の反日テロにしろ今日本に蔓延る即物的ナショナリズムにしろ、赤い、燃え滾るような色彩のものを想像しがちだ。しかしこの映画は黒と薄いブルー、そして薄黒いオレンジ。非常に醒めた色彩だ。夜明けの空模様のようですらある。
その色彩イメージ通り、醒めた視線がこの映画の中には貫き通されている。
舞台はロサンゼルスなんだが、カリフォルニアの抜けるような青い空も燦燦と照らす太陽も、陽気なビーチもひとつも出てきやしない。
それどころか季節は冬だし、大体の場面が夜の話なのである。設定からして醒めているな。いや、醒めているというより冷静。冷静というよりも世界中のどこにでもある日常。ロスだって夜もあるし、冬も巡ってくる。この設定はステレオタイプなロスを否定しているだけでなく、陽気で自由で人種のるつぼなアメリカ自体も「実はそうじゃない」と否定しているようで象徴的だ。
さまざまな人種の登場人物が、それぞれの生活を営むのだが、これが見事に相容れない。お互いがお互いに偏見やら、憎しみやら、誤解やら恐怖やらというネガティブ感情を抱いており、近寄らない。
実際アメリカは居住地区がだいぶ分かれているので、相容れることはほとんどないようだ。そういえば私の友人もロスに住んでいるのだけれど、韓国人の友人と部屋をシェアしたとか言ってたような気がする。そこはたぶんアジア系の居住地区なんだろう。詳しいことはわからないが。
でも当然、まったく相容れないわけではないのである。車の衝突によって触れ合う異人種は、お互い憎しみと蔑みを剥き出しにしながらぶつかり合う。攻撃による武装を施して、ようやく互いの存在を知る。というより「(異人種は)いなくなればいいのに」という消去の対象としてのみしか確認できないんだな。
いなくなればいい、という気持ちは、端的には「すぐに銃を持ち出す」「すぐカッとなる」などの行動に反映されているが、世の中はそんなに短絡的にはできていない。それはこの映画内も然りだ。
「いなくなればいい」の反面には必ず「いてくれてよかった」「いないとどうしようもなかった」がある。あるひとつの行動がネガティブな出来事に繋がったり、驚くほどの幸運に繋がったりもする。
それは全て特別なことではない。これは奇跡の物語でもないし、幸福な寓話でもないし、過酷な現実の強調でもない。
映画全体の醒めた色彩は、イコール「どの人種にも肩入れしない/どの事実にもどの感情にも肩入れしない冷静な視点」で、過激な行動もネガティブ感情の昂ぶりも、悲観的な出来事も、いわゆる「ちょっといい話」も、絶望的な終息も、幸福な偶然も、何も解決しないどうしようもなさも、あらゆることが淡々と、人種差別がテーマの映画なのに「公平に」織り交ぜられている。世の中に公平がないゆえの、誰にでも降りかかる出来事や感情の普遍ぶり、公平ぶりってのを語るものはあまり多くない。というより誰もそんなものがあると思っちゃいない。見たくないんである。敵は感情のない、生活のない、自分を邪魔する存在でしかない、というほうが憎しみや蔑みの対象にしやすいから。自分と関係のないと思ったほうが楽だから。実際に楯突いたり楯突かれずに済むから。
自我を確認する為に敵(憎しみの対象=異人種)は必要だが、実際にはその敵に生身の人間は必要ないんであろう。自分とは違うもの、ということだけで十分だと思っている。自分は他人と違うと必死で思い込んでいる。
相手に敵対することでしか自分を確認できないという不安ぶりは、マット・ディロン扮する人種差別主義者であるロス警察巡査の

「自分のことがわかっているつもりか?実は何も分かっちゃいないのさ」

というセリフに象徴される。
相対関係でしか確認できないような脆弱な自我なんて、なんもないのと一緒だわな。なんもないとまでは言わないまでも、わかっていないということだろう。
だいたい自分が何者なのかなんて定義するのはとてつもなくちっぽけなことだよなあ。私も長らく「自分は他の誰かと違うかも」「生きている意味はなんだろう」なんてことを模索していたけど、結局メシを食ってうんこをしてを繰り返すだけだった。
毎回書いているけれど、生きていることには意味ない。死なない理由がないように。死ぬ意味がないように。
世の中の絶対的差別や、圧倒的な不公平は決してなくなることはないが、誰もが普遍的に生きていることに意味がない/死ぬ意味がないというのは、もうちょっと皆が認識してもいいと思うよ。みんな自分を大層なものだと思いすぎてるから。



ただ、私の稚拙な人生で得た真実は「あらゆることは繋がっている」ということだ。
連鎖して連鎖して、自分の知らないところまで辿り着いたり、巡って巡って自分に跳ね返ってくることもある。
意味があるのは、その人の生死ではなく、この「繋がり」のほうだ。「クラッシュ」の中でも重要なことはあらゆる場面、あらゆる思惑が繋がっていることである。何もかもが突発的に起こることではないということ。(まあ、嫌韓流だの騒いでる連中もその思想で「繋がっていること」だけが重要なんだろうなとわかるんだがね。本当は嫌韓流なんて思想は必要ないのである、他のものでも構いやしないのだ)
「クラッシュ」はこの「繋がっている」対象を思想や人種ではなく、時間とロサンゼルスという場所に焦点を置いたのが正しかった。本人たちに自覚がないが、共有空間にいる限り彼ら繋がるのは、ごく自然なことなのである。クラッシュが大げさな映画ではないのは、そんな自然で冷静な視線の賜物だろう。
だけど醒めたままではなく、ひとつの灯りを胸の中に残す映画なのである。
現実を、低温やけどのようにじわじわと実感させていく。
「ふーんアメリカは人種差別が大変だな」だとか「銃社会イクナイ」だとかの短絡的で結局関係ねーよというような感想を抱く人が多そうなのが心配だ。韓国人、中国人、フィリピン人、イラン人、その他沢山のアジア系、ブラジル人を代表とした南米人(以前群馬のとある町に行った時、驚くほどラテン系住民が多かった。町全体がにぎやかであるし)に加えて白人に黒人など日本人以外の人種も沢山住むこの日本という国もそんなに違わないから。
いや、どの国だってどの場所だって変わりはしないのだ。もうとっくに世界中どこだってアメリカなんだから。




と、重いことを散々書きましたが
この映画の見所はそれだけに限らず、それぞれの人種の美しさがふんだんであることでもあります。
特に女優陣は美人揃い。

・サンディ・ニュートン(アフリカ系とイギリス系のハーフ)
・ジェニファー・エスポジト(ラテン系)
バハー・スーメクペルシャ系)
・ノナ・ゲイ(アフリカ系、というかマーヴィン・ゲイの娘)


正直サンドラ・ブロックが霞むほどだ。サンドラはニューハーフ顔だからなあ。
特にバハー・スーメクはこれから売れるんじゃなかろうか。目の覚めるような美人でありました。
ま、マイケル・ペニャというヒスパニックの俳優の外見がわたくしの好みドンピシャだったことがもっとも印象的なんですがね。ペニャもっと見たいよ。「ミリオンダラーベイビー」に出てたらしいが全然覚えてねえよ。ああペニャと繋がりてぇ・・・所詮私はそういう下世話な人間なんである。




※「股・戯れ言」のほうで予告した内容は、今週木曜までに更新予定。
今週だけ変則的に2度更新します。

生まれてこなければ、読めなかったじゃないか


アシュラ 上・下(画像をクリック)
 ジョージ秋山・著 幻冬舎文庫



ジョージ秋山の「アシュラ」がついに復刊!これぞ正真正銘のコレキタ!だ。


一番好きな漫画家は誰か、と聞かれたら一も二もなくジョージ秋山なのである。
ああ、私は本当にジョージ秋山が好きだ。大事なこととかそういうことはすべてジョージ秋山の漫画から学んだといっても過言ではない。(それにしても本当に私は漫画アクションの影響下におかれている人間なんだなあ)
ジョージ秋山の漫画に出てくる登場人物は、皆、罪深くて、どうしようもなくて、救いようがない。男も女も何かの不安に駆られていて、セックスと金のことで頭がイッパイで、衝動的な目の前の欲望にいとも容易く流され、そして驚くほど身近に死を感じている。いつだってセックスと死が表裏一体であり、快楽と哀しみ・憎しみもまた表裏一体だ。ジョージ秋山漫画に出てくる男たちは腰を振りながら肉体の一部が白骨化していたりするし、女たちは太ももや臀部を無造作に投げ出しながら、泣きながら男に抱かれている。(余談だがジョージ秋山的涙って、目ん玉が溶けている様にも見えるんだよな。あれにも死のイメージを感じさせられるよ)
人間なんてのはちんけなものだし、生きている意味なんてないし、生きている限りはセックスしなければならない哀しい生き物なんである。「人の命は地球よりも重い」だの「アナタには生きている意味があるの」だの、あるいは「愛のあるSEX」だのという言葉を簡単に吐く人間には一生わかんねえだろうなあ。世の中には簡単に消滅させられる命が山ほどあるし、意味のない人間なんて吐いて捨てるほどいるし、愛のないSEXはそこいらじゅうに溢れているというのに。
ジョージ秋山の漫画は、そういうキレイ事以外の部分に生きている人間の映し鏡だ。どうしようもないほどの絶望を繰り返し描き、希望なんてかけらも持てやしないという現実を提示をしながらも、なおもジョージ秋山は「それでも生きていくしかない」主人公を描く。絶望のどん底で這いずり回る人間を、決して殺さず、くたばらせない。どんな汚い手を使わせようと(銭ゲバ)、どんなに醜い外見になろうと(デロリンマン)、他の登場人物がどんなに死のうと(それも主に主人公の手によって殺されていく)主人公だけは死なせないのだ。いや、ジョージ秋山が死なせないのではなく、ジョージ秋山漫画の登場人物たちが絶望的状況において驚異的な生命力で生き残っているようにすら感じる。金よりもセックスよりも暴力よりも死よりも、生きることに貪欲なのである。
私は「ピンクのカーテン」が大好きなのだが、その中に出てくる主人公・悟の友人のセリフは何度読んでも胸に突き刺さる。


「俺はあがいて生きてるよ!いい女を抱きたいとか、もっと金が欲しいとか、あがいてあがいて生きてるんだよ!」


こんなにストレートに生きることに対する貪欲さを描いている作家を、私はジョージ秋山以外に知らない。



さて、今回取り上げる「アシュラ」にもまた、生きていくことに貪欲な主人公が登場する。
のっけから死体があちこちに転がり、そのほとんどが腐ってうじが湧いているという強烈な描写。嫌悪感を煽ることこの上ない。
さらに狂った女がそんな腐った死体や、生きている人間を殺してその肉を喰らうのである。
そらまー、ここだけ読めば目がチカチカするわな。PTAなんぞは有害コミックにも指定するわな。私も、漫画とはいえども、うじが湧いている描写は苦手だ。できれば読みたくないよ。
しかし決して目を背けることはできないのである。
狂った女が人肉を喰らうのは、おなかの中の子供の為なんだから。ま、それがアシュラなんだが、アシュラには生まれてくる前から絶望した世界しかない。狂った女が子供を産む為に必死で、そのためには人肉を喰らうという「生きていくことに対する貪欲ぶり」は、生まれてきたアシュラにも連鎖する。ゴミでも死体でも生きている人間でもなんでも食う。
他のジョージ秋山漫画の主人公と同じく、火に焼かれようが崖から突き落とされようが死なない。
何度も何度も繰り返される「生まれてこなければよかったのに」という呟き。
アシュラは狂った女から生まれているから、当然言葉がわからんのだが、それでも繰り返されるこの呟きを当初は本能的なものなんだろうか、と思っていた。しかし違ってた。「生まれてこなければよかったのに」は「死にたい」という意味では決してないからだ。
本能とは「生き残る」ことである。
アシュラは前述の言葉を繰り返しながら、それでも生きていく。
行けども行けども不毛の地を、この先も不毛であることをわかっていても前に進むしかないのである。
親に捨てられた(あるいは戦・飢饉で親を失った)子供たちがアシュラについて進むのはごく当然だろう。すごく逆説的だけど、生きていくことは、たとえどんな絶望のどん底にいたとしても、それだけで「なんかいいことあるかもしれねえ」という希望になるからだ。「この先にはなんかあるかもしれない、あるいは何もないかもしれない。でも行ってみるしかねえ、他にどうしていいかもわからないし」という、そんなに深くない希望が1日1日続いていくってことが大事なのかもしれない。我々はあまりにも多くを望みすぎている。

ところで、「生まれてこなければよかったのに」の後に続く言葉は記載されていないが、補うとすれば「でも生まれてきてしまったからには、しょうがない」のような気がする。
ジョージ秋山の漫画には絶望も、嫌悪すべき環境も、醜く汚れた外見、欲望を持って生まれてしまったことも、すべてを「そういうもんだからしょうがないじゃないか」と当たり前に受け止めている。その当たり前として受け止める姿はユーモラスですらあるな。ジョージ秋山漫画はそんなところがユーモラスというかギャグマンガだ。いや、どうしようもない人間がどうしようもなく悩んでどうしようもない事態に手を染めていくのも時にギャグのように見える。暴力と死とセックスと隣り合うユーモアぶりは、ジョージ秋山自体がすべてを並列したものとして考えているから、というのもあるんだろうけれど、やはりこの絵のおかげだろう。単純な線で描かれている絵なので、題材が500%絶望だとしたらこの絵のおかげで200%に軽減されているように思う。もっとも、この単純な線の絵が妙に生々しくもあるのだが。とくに女性の体。ジョージ秋山漫画の女性は皆ムチムチしていて、無防備で、エロいんだよな。
ま、「アシュラ」は少年誌連載だったので(いやーこれで少年誌連載だったとは!そりゃ要所要所にギャグ的なユーモアも散りばめるわな)エロい女性はほとんど出てきませんが。でも匂うんだよなセックスの生臭さ。いや、違う、セックスの代償としてできた生命の嘆きであり、復讐であり、決別そして自立なのだ、アシュラは。
生殖の為ではない性行為の結果。
「実はいらなかった」という解答であろうと、産み落とされた以上生きていくしかないという生命の逞しさ、親に対する憎しみと奥底にある愛情。
セックスをしたら子供が生まれるし、腹が減ったら何かを食べたくなる。そして親に捨てられたならば自分で生きていくしかない。そういう、ごくごくシンプルな出来事を、人間は道徳だとか、身分の違いだとか、いろいろな縛りで複雑化している。その全てが詰まったこの衝撃作を何故有害コミック指定なんぞにするのか。有害指定するのは「親側」と呼ばれる人間であり、世の中の絶望を食い物にして「キレイ事」に囲まれて生きていきたい人間だ。このまま永遠に復刊することはなかったかもしれない。
世の中は絶望することばかりだが、この本が復刊されたことも十分希望であるのだ。



途中に出てくる乞食法師の
「人は死ぬと極楽に行くだの地獄に行くだのというが、そんなものはでたらめだ。生きているうちが地獄じゃ」
という言葉がズシンとのしかかる。
だが、同時に乞食法師は「人を赦し、生きてゆけ」とも告げるのだ。
「アシュラ」内では乞食法師と散所太夫ってのはジョージ秋山の分身的存在である。(セリフ時に後で木枯らしが吹いているのも自分の分身が出てくる際によく見る演出。三田村惣一郎とか)
ああ、前回書いた「ロックってのはバカヤローと叫びながら抱きしめる愛だ」って言葉になぞらえると、ジョージ秋山は誰よりもロックだよなあ。本人の外見がグラサンにヨレヨレのシャツ、酒焼けした浅黒い肌、そして歌舞伎町のクラブでぐてんぐてんに泥酔→若いネーチャンとやってしまって軽い自己嫌悪という部分も含めて。トム・ウェイツみてえだ。いや、ジョージ秋山のほうが酔いどれかも。

幾つになってもロックの虜

Herish「cellophane」(画像をクリック)
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どうでもいいことにイラついたり、腹を立てたりするのは10代の専売特許だとばかり思っていた。歳を取れば取るほど人間丸くなっていくものだとばかり思っていた。
しかし、現実に歳を取っても10代の頃とさほど変わりはない。相変わらず腹が立つことは山ほどあるし、心が広くなったなあと感じる出来事は見当たらない。それどころか増えている感すらある。衝動だとか、自己嫌悪だとか、どうにもならない胸のうちのグズグズは一体いつになったら消えるんだろう。
消えないのか。一生ついてまわるものなんだろうか。おかしいなあ、もっと理解のある大人になるはずだったのになあ。
そもそも自分の中に「大人になった」という自覚があまりない。20代も後半だしいちおう労働者でもあるのだが、年齢と職業以外は大人を証明するものをなんも持ってないからな。仕事柄平日休むことも多くて、朝から酒飲んだりエロビデオ見る時は、「私も立派な大人だなあ」と思ったりするけれど。


もうひとつ大人になったのか、と実感するのは音楽の嗜好である。
10代の頃はアグレッシブで男くさいロックばかり聴いていた。
音楽を選択する基準の中に「かっこいいかかっこよくないか」というものが確実にあった。かっこいい、というのがすべての価値観だったのだ。かっこよければなんでもよくて、かっこ悪いものはすべてダメという単純な世界観。今でもかっこいい音楽は好きだ。でもかっこいいだけじゃどうしようもないということがわかってしまったのだ。かっこいいだけじゃどうしようもないだけでなく、かっこいいことはなんてかっこ悪いのかすらもわかってしまった。(早川義夫を聴くようになったから、というわけではない)
かっこいいだけじゃどうしようもない、のがわかってしまったてのは、世の中のからくりや仕組みがわかってしまったというのとほぼ同義語である。わかってしまうことはなんだか哀しいことだ。やりきれなさばかりが募る。でも、わかってしまっても、それでも生きている感覚は10代の頃と変わりがない。成長しているんだかしていないんだか自分でよくわからない。
そんな自分にもやりきれない。混沌混沌混沌。哀しいなあ、と思っても案外日々平凡に過ごしている。
矛盾を抱えつつも、日々に流されることに慣れてしまってるんだろうな。問題なんか抱えたままでも生きてける。そういうこともとっくにわかってしまってるのだ。人生てのは途方もない先送りなのかもしれん。



Herishの「cellophane」というアルバムを試聴したのはほんの偶然である。
2005年から2006年にかけては37時間労働をしていた。地獄である。労働終了後、フラフラの状態で東京に戻る車の中でラジオをつけると宮藤官九郎の番組がやっていて、ゲストがロックンロール・ジプシーズだったのだ。普段ラジオを聴くことはほとんどないけれど、元旦からなかなか粋な番組がやってるなあと感心したものだ。
そこに出演していた池畑潤二がプロデュースしているという北九州出身の3ピースバンド、というポップに目を引かれたのだ。
ヘッドホンの向こうから聴こえてきた声は、強く、アグレッシブで、非常に男くさいものであった。
最近はすっかりアグレッシブで男くせぇロックから遠ざかっていたのだけれど、この声には何か急き立てられるものがあった。3ピースとは思えない怒涛の音量、そして巻き舌で歌われる歌詞、どれもが胸に突き刺さる。
ルースターズやミッシェルガンエレファントを彷彿とさせる骨太でドライでスピード感のある演奏やがなり声はもちろんかっこいい。彼らのファンであったらヘリッシュも必ずや気に入ることだろう。
しかし試聴した時に感じたのは、かっこよさなどではない。私が彼らのアルバムを買う動機は、かっこいいだけじゃどうしようもないのである。胸に突き刺さり、このアルバムをレジまで持っていかせた印象はそんなもんではない。


なんというか、泥臭いのである。
生活感があるのである。地に足が着いているとも言う。


これは、日常からかけ離れたところで鳴らされている音ではない。この声はかっこいいだけじゃどうしようもないことも十分にわかっている。それに哀愁を感じながらもこの日常という場でふんばっている声だ。
くだらねえ、意味がねえ、笑うしかねえ、ということがゴロゴロ転がっている日常に衝動や苛立ちを感じたりしながらも、そんな日常で生きていくしかねえだろ、という意思表明のように聴こえる。
愛だ恋だ夢だなんぞは決して歌いはしない。この世にきれいごとなんかなんもないこともよくわかっている。夢見る頃はとうに過ぎた、でも達観するにはまだ大人じゃねえ、まだ早い、まだ迷っていることもある、という人間(私と同じくらいの世代)には訴えかけられることが多いだろう。
巻き舌でまくし立てられる「わかんねえ」「範疇じゃねえ」という語尾は生々しい。わからねえことも苛立つことも負けたくねえと思うこともきっと彼らと私らは山ほどある。様々な感情に鬩ぎ合いになりながらも、なんとかやってくしかねえよというメッセージはあまりにもストレートだ。かといってストレートすぎて面食らうというものではない。
Herishは良くも悪くも「不細工な等身大」しか歌っていない。
最初に試聴した時の印象は「アグレッシブな奥田民生」だったからね。時には中川敬のようにも聴こえるがね。
全編がアグレッシブなわけではないのもいい。気張る必要などないのだ。


以前、ロックってのは「バカヤロー」と叫びながら抱きしめる愛だ、というのをどこかで読んだのだが、Herishが投げつけるロックというのはまさにそれ。くだらない現実を全力で抱きしめている感もある。それどころか、かっこいいだけじゃないどうしようもないということが十分にわかりきった、ロックそのものに対する愛すらも感じる。



しかし聴けば聴くほどライブが見たくなるバンドだなあ。
が、彼らの活動場は北九州。こないだ福岡行ったのにすっかり忘れていたわ。くそ。
と、思ったら全国ツアー中だった。


2006/2(平成18年)
20日下北沢CLUB251
22日柏Zax
23日新宿LOFT
25日HEAVEN’S ROCKさいたま新都心VJ-3
27日名古屋ell FITZ ALL
28日浜松FORCE
2006/3(平成18年)
10日京都磔磔
11日大阪ROCK RIDER
19日西小倉WOW
26日出雲APOLLO


あさってロフトでライブか!なんたるナイスタイミング!行こ