オブリガード流れ星ジンガ

「GiNGA」(画像をクリック)

東京 Q−AXシネマにて公開中
京都 京都みなみ会館 初夏公開予定
沖縄 桜坂劇場 6/17より公開
熊本 Denkikan 初夏公開予定
岐阜 シネマジャングル 初夏公開予定


私の家の近くには弁当工場がある。
皆さんもよくご存知のとあるコンビニの弁当を作っては出荷している。そこの労働者は、詳しくは知らないが外国人労働者が大半を占めていて、これも詳しくはわからないのだがどうやら南米系の人が多いらしい。
工場の前に差し掛かると、労働者の方々とすれ違うことがあるのだが、彼らの話している言葉がスペイン語/ポルトガル語のどちらかだったから。



ちなみに当方、大学時代はスペイン語を履修しておりました。第二外国語なんてのは通常1,2年で終わるもんなんだが、勉学を中途半端にしていたもんで、3年間みっちりだったのですスペイン語。3年時なんか毎週水曜日は4時間弱受け続けていたもんだ。その割には殆ど喋れないのだが。



スペイン語を履修していた19,20の頃に、唐突にボサノヴァ/MPBにはまり、ポルトガル語にも手を伸ばそうとしたもんだった。「ヂィサフィナード」の歌詞を全部覚えたりしておりましたよ。ま、歌詞覚えるも何も歌がどうしようもなく下手で本当の「ヂィサフィナード」(音痴、の意)になっていたけれども。
私がもっぱら聴いていたのはガル・コスタとナラ・レオン、エリス・レジーナジョイスそいからジルベルト・ジルあたりだった。
意識的に聴いていたわけではないんだが、60年代末からブラジルに樹立された軍事政権により、音楽をやることが弾圧され、それでも音楽を続けたいがためにヨーロッパの各国に亡命せざるをえなかった人たちの音楽にばかり惹かれていた。
私がMPBにはまった当時、ちょうど「セントラル・ステーション」という映画を見たり、ブラジル人格闘家台頭に驚嘆していたり(レナート・ババルやアローナが好きだった)したので本当に心からポルトガル語が話したかったのだ。
そんなわけで、工場に勤めるブラジルの方々とすれ違う度に「どうにかしてポルトガル語を習いたい」と思っていたものだ。今考えると、実際に実行していたら「語学教えれ通り魔」だ。



工場勤めのブラジル人の方々が、一番輝いていたのは2002年の梅雨頃である。
その頃はブラジル熱も冷めつつあったのだが、私が熱を上げようが下げようがそんなことは関係なく彼らは働いていた。当たり前である。
しかし、この時期の工場に行く道すがらに出会うブラジル人たちは賑やかだった。
皆、サッカーのブラジル代表ユニフォームを着て、道端でも大騒ぎなのである。
そう、2002年の6月はワールドカップが日本で開催されていたのだ。
駅から工場までの10分ぐらいの道のりの途中で何度も見かけた、サンバのステップで歩いて早口にまくしたてているブラジル人のおじさんやおばさん、そして私とあまり歳が変わらないであろう若者たちの姿は微笑ましかった。ブラジルが勝ち進み、ついには優勝したのが本当に嬉しかったのだろう。
道端でサンバを踊りだす彼らの足さばきと腰さばきは見事だった。
私はサッカーには興味がない(高校サッカーは除く)が、彼らの姿を見ていて心底うらやましかった。もっとも、会社の同期のおかげでワールドカップ自体は楽しく観戦することができたんだが、六本木や会場やスポーツカフェではなく、こんな東京の東のはずれでもこんなにも軽快に踊る彼らの根っこをぶっとく束ねている何かが、ずっと眩しかった。
おそらくこのような光景は、この時期、日本中のあちこちで見ることができたんだろう。愛知とか、群馬とか、栃木とか、広島とか、その他大勢の地域で。




先日見た「GINGA(ジンガ)」という映画はブラジルサッカーをテーマに、ブラジルの10人の若者の姿を追ったドキュメンタリーである。
サッカーそのものにはあまり興味がないというのは先ほど述べたばかりだが、この映画を知った時、工場で働くブラジル人の方々の、あのワールドカップ優勝の日のサンバのステップを思い出した。
同時期に「ゴール」というサッカー映画が公開されるのも知っていて、そちらはお涙頂戴映画、というか「もうひとつのJリーグ」や「俺たちのオーレ」を連想してしまって絶対見ねぇと思っていたから、この映画もそのようなものだったらどうしようと危惧していたんだが、ドキュメンタリーなんでまあ、見ても損はないだろうと思ったわけである。



実際に見てみて、本当によかったと思う。



この映画は、サッカーをやっている若者だけを10人追っているのではなく、フットサルをやる人、そしてフットバレーをやっている人やカポエラをやっている人もいる。
住んでいるところもリオデジャネイロもいればサンパウロもいるし、同じリオやサンパウロでもファヴェーラ(スラム街)で暮らす者もいれば、高級マンションで暮らす者もいる。
また、リオやサンパウロ、サントス、サルバドールなどの大西洋沿岸の都市ばかりでなく、アマゾンの奥深くにあるパリカトゥーバでサッカーに興じる者もいる。
男性だけでなく女性もいるし、足がない者もいる。そしてプロで羽ばたく者(ロビーニョファルカン)もいればプロを目指してテストを受け続ける者だっている。
人種だってさまざまだ。黒人もいれば白人もいるし、日系人もいるのだから。
そんなさまざまな彼らが、皆ジンガを持っていて、それに基づいてサッカー(フットバレーやカポエラもいるけど)をしている姿がテンポよく繋がれていて、見ていて飽きることがない。



みんな全然違うけど、この上なくブラジル人なんだよな。
全然違うのに、根底に繋がるブラジルターヂ、そしてジンガがありありと見える。



しょっぱな、サンバの映像や街角で踊る人々、そしてサッカーやフットバレー(手を使わないバレーボール)の映像が入り乱れ、「ブラジル人は誰もがジンガを持っている」という文字とナレーションが飛び交うのだが、それを見た時に膝を打つ思いに駆られた。



そうなんだよ、工場勤めの人たちの街角サンバも、ジンガの賜物なんだよな!



ちなみに「ジンガ」とは
もともと、カポエラ(ブラジルの格闘技)の技だそうで、
「揺れるような動きとリズム、表現力を伴ったステップ」
のことらしい。
カポエラはもともと、ブラジルが奴隷制だった頃、手錠で手の自由を奪われたアフリカの奴隷たちが手を使わないで身を護るために編み出した護身術なんだそうだ。もっとも、カポエラには勝敗がないんで、護身術というよりは抑圧された中でのアフリカ系奴隷の自由への身体的表現という要素が強いらしい。



今は「ジンガ」という言葉は、カポエラの技を離れて、サッカーでいえば足腰を使ってリズミカルに行われるフェイント、そして一般的には
「人間がもっている楽しみを追求する本能のこと、言葉を使わないで相手とコミュニケーションをとる魅力的な動き」
だそうで、私にとってはあの工場の人たちの街角サンバだが、一番わかりやすい例だとテレビで時たま繰り広げられるマルシアの踊りだろうか。



この映画の若者たち、うちの近くの工場の人たち、マルシア、プライドのリングを賑わせているブラジル人格闘家たち、そしてMPBやボサノヴァの音楽家たちを見ているとジンガというのは軽快なあの、踊るような動きのことだけではないということもよくわかる。



どんな状況下でも、絶望せずに、今を生き抜くという意志。
明日どうなるかわからない状況であっても、こんなにも楽しく生きることができるということ。
何もなくたって、何かが足りなくたって、今あるすべてのことでやりきっていこうという精神的な強さ。
今を生きられれば、きっとそのうちいいことがあるさ、という希望。
ジンガってのは人生哲学なんだろうな。



本編を彩るスピーディな映像もさることながら、大音量で流れる音楽が素晴らしい。
ひとりひとりの若者によってクローズアップされる音楽も違うので、サンバだけでなく、ロック、ボサノヴァ、ヒップホップ、レゲエ、ファンクとさまざまなブラジル産の音楽がてんこ盛り。ファンクは、ブラジル的味付けをされたものだなーと思っていたら「ファンキ」というまた違うものらしい。
カポエラの伝統的音楽もあるし、普段あまり聴くことのできないアマゾン奥地の伝統的ダンスミュージック「フォホー」も流れる。
それらが惜しまれることなく大音量で流れるから、映画の最中ずっと体を揺らしっぱなしでありました。
その音楽に乗って実際に踊ったり、踊るようにサッカーやカポエラに興じる彼らの姿がまた小気味いいんだ。見ているだけで彼らのジンガが乗り移ってくるようだ。




大音量に乗せてサッカーする姿も普段の生活の姿も、すべてが小気味いい映画でした。
映像そのものもとても雑多なようで、自然でスマート。
ああ、なんかこんな映像見たことあるな、と思い、思い出してみると「ナイキ」のCMと「シティ・オブ・ゴッド」という映画だった。
それもそのはず、本編はナイキが100%出資した映画で、プロデューサーは「シティ・オブ・ゴッド」の監督でした。ただし監督は3人の若手監督らしい。彼らのジンガもカメラ越しに伝わってきた。
これはいい。本当にいい映画だった。
私なんかパンフレットだけでなくサントラもTシャツも買ってしまったよ。
やっぱりポルトガル語習いたいなあ。工場の方々にアタックするかなあ。